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あの丘の上まで

【あの丘の上まで】 準推薦
■制作者/優凪(ダウンロード
■容量/154MB

新海進と果夏の兄妹は、親には捨てられ、幼い頃からいじめを受けながら、2人で強く生きてきた。が、ある日果夏は体調を崩して入院してしまう。他人に心を開かず、毎日果夏のお見舞いに向かう進に、ある時クラスメートの少女が声をかけてきた。長編病院ものノベル。

ここが○

ここが×

■果夏~いもうと

フリーノベルゲームにおいて、一大ジャンルを築いているのが「病院もの」です。その中でも今作は「不治の病もの」に相当します。しかしこのジャンルは、実は物語を作る点においては、かなり難しいのではないかと思っています。不治の病だけに、舞台はどうしても限られますし、学園ものや伝奇ものに比べると、どうしたってリアリティ面がしっかりしていないといけません。

この作品は、不治の病ものの中でも、自分の妹が不治の病に倒れるという点で「透明な優しさ」に近い雰囲気を感じる作品です(兄妹の役割が逆ですが)。あの作品同様、「闘病感」を特に前半は強くは押し立てていませんし、闘病というより、闘病を通じての心の交流を描くというのに重点を置いている、という点でも、近いものを感じます。「あまやどり」の作者さんの新作です。

さて、まず感じるのはテンポがあんまりよろしくないという事です。これは、病院ものの宿命と言えるかも知れませんが、果夏が入院している以上、当然あまり多彩な舞台は使えませんし、楽しげなイベントも無理があります。ですから、特に前半が一本調子に感じるところがあるのは否めないところです。この作品は、最初に過去の描写から入って、あとはひたすら現在の出来事が続きますが、そういう意味で、過去描写は途中に挟んだ方が、展開に変化をつけられたような気もします。

文体や描写も、きびきびしているとは言い難いので(それ自体が良いとか悪いではなく)、それら色々な要素が合わさって、快適テンポとは言いにくい感じです。まあ、ジェットコースターのような快速テンポの病院ものも、それはそれでどうかと思いますが(笑)。

もう1つ。これはラストで感じた事です。ラストの展開に、ちょっと不自然さを感じてしまいました(それだけ見ると、十分感動的な場面なんですけど)。と言うのも、この作品に限らず、物語というのはどこかに「作られた感」というのは出るものです。それはそれで全然問題ないですし、リアリティが多少なくても、物語のためなら、多少の奇跡、多少の論理不整合くらいは構わないと思います。

ですが、「登場人物がそこで取る行動が、その場面においてはちょっとあり得ない」と感じてしまうと、これが一番読み手に不自然さを与えてしまうんじゃないかと、私は思うのです。この作品の場合は、ラスト間際、進が飛び出していくあそこです(ネタバレになるから、ぼやかしてしか書けませんが)。「え!? この場面でその行動はありえないのでは!」と一瞬止まってしまいました。

更には、その後に来る一番の感動シーンは、その進の「ありえない」行動の結果です。つまり「登場人物の行動の結果、こんな場面になった」のではなく「この場面を作るため、登場人物にこういう行動をさせた」というのが、非常に強く感じられたのです。物語世界ではなく、作者さんの都合を感じた、と言いますか。たとえ展開それ自体のリアリティには欠けても、「この場面でこのキャラなら、そう行動するよね」というのが納得できれば良かったんですが……。全体としてよく出来た物語で、ラストは間違いなく感動できるだけに、そこが気になりました。

主な登場人物は主人公の進と妹の果夏、それに同級生の灯。ただの闘病ものでなく、進や果夏の人間関係模様も組み込んだのは、上手い作りです。また、灯の主治医とか若い研修医など、病院関係者も良い存在感を見せています。進のクラスメートの「自称友人」も良いキャラだったので、もうちょっと絡ませて欲しかったですが。

また、主人公はもうびっくりしてしまうくらいの不幸を背負っているんですが、それをあまり強く感じさせず、他人を信じられない自分を何とか変えなければ、ともがくポジティブさを持っています。この進のポジティブさが、全編を通じて物語に「最後の希望」を与えていて、果夏の物語でありながら、進が物語を引っ張っているところに魅力があると思います。

システムは珍しい「Cat System 2」。プレイ時間は5時間くらいと、かなりの長丁場。選択肢はありません。気になる点をあれこれ書いたんですが、正統派の「不治の病もの」としては、かなりレベルの高い部類に入る作品です。じっくり腰をすえて読んでみてください。

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