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透明な優しさ

【透明な優しさ】 準推薦
■制作者/P.o.l.c.(ダウンロード
■容量/52.5MB

高校2年生の畑口凛は、作曲家を目指す大学生の明範と2人で暮らしていた。ある日明範が大学で倒れて救急車で運び込まれたという知らせを受け、慌てて病院に駆けつけた凛に、主治医の神谷は淡々と事実を告げる。よくある病院ノベルかと思いきや、一味違う展開。アコースティック楽器主体のBGMが美しい作品。

ここが○

ここが×

■戦わない病院ノベル

手紙」「秋人」の、P.o.l.c.さんの作品。この作者さんは、設定は一般的ながら、緻密で繊細な描写による物語作りが上手いという印象があります。この作品はいわゆる「病院もの」ですが、つい最近レビューした「さよなら C.C Summer Days」とは、かなり印象が違う作品です。ある意味真逆と言っても良いでしょう。

共通するのは、兄妹が登場するという点ですが、こちらは兄が患者で妹が主人公です。珍しいパターンです。そして、患者である畑口明範は、病院ものの例に漏れず、不治の病(AMAGESという架空の病気)にかかります。が、「C.C Summer」が典型的な闘病ものだったのに対し、この作品は「闘病もの」とは呼び難い内容です。

というのも、この物語では闘病はメインテーマじゃないように思われます。舞台こそ病院ですが、この作品は「過去の出来事が原因で素直に兄と接する事ができなかった妹が、兄の入院を通じて段々心を開き、過去の傷も癒える」という、「兄妹の心の交流」がメインではないかと思うのです。ですからと言いますか、闘病シーンはラスト以外はほとんど描かれていません。

こういう作りをとると、下手をするとテーマが2つに分かれ、物語の輪郭がぼやける恐れがあります。しかし今作は、丁寧で繊細なキャラクターの心情描写により、終始2人(主治医神谷を含めても3人)で進行するのに、しっかりとしたテーマをもって迫ってきます。主人公である凛がだんだん心を開く様子が、非常によく伝わってきます。だからこそ、ラストにじんわりとした感動を味わえるのです。どーんと来る感動ではなく、じわっとこみ上げて来る感動です。

ですから、闘病シーンにこだわらなかった、あるいは病名を架空のものにしたという割り切りは、その意味では成功と言えましょう。ただし病名が架空であるため、病院ものとしてのリアリティは少し薄れていますが、これはまあ「どちらをとるか」の問題かも知れません。表裏一体というものでしょうね。

そういう訳ですので、病院ものとして見れば非常に一本道である意味単調な展開です。劇的な展開がある訳でも、衝撃のオチが付く訳でもありません。この作品の魅力は、一にも二にも兄妹の心情描写で、妹が段々兄の事を「大事な人」として受け入れて行く過程です。その観点で見れば、この物語は決して単調という事はなく、むしろしっかりと流れを作っていると思います。

ただ、過去回想が結構挿入されていますが、本当に「ただの過去回想」で終わってしまい、現在の兄妹に繋がってきていないんですよね。過去あってこその現在のはずなんですが、この作品では単に「思い出」を振り返る、みたいな感じになってしまってます。物語によってはそれでも良い場合もあるでしょうけど、この作品の場合は、テーマも「過去から解放され」みたいな感じですし、もう少し捻った方が良かったのではないでしょうか。描写とか文章はとても良いのですが、構成に一工夫があればと思いました。

もう1つ。上記のように、物語それ自体は単調です。ですから、これをマルチシナリオにするのであれば、もうちょっと工夫を凝らした方が良かったように思います。選択肢を選んでも直後の展開すら全く変わらず、ラストで突然分岐したりするんですよね。にも関わらず既読スキップがないため(NScripterなのに)、複数回のプレイでは、何度も何度も同じ文章を読む羽目になります。なので、読めば読むほど感動が薄れていくんですよね。ちょっと惜しまれます。

主人公の兄明範はフルートを吹くという設定ですが、そのせいかピアノ、フルート、オカリナなどの楽器を主体にしたBGMは、非常に作品の雰囲気を高めています。作中で明範が吹く曲は、もしかして生演奏でしょうか? 素晴らしい効果をあげていると思います。

既に書いたように、NScripterなのに既読スキップがないのが減点材料ですが、非常に上質で繊細なキャラクター描写を味わえる佳作です。プレイ時間は1回フルに読んで2時間くらい。焦らずじっくり読んで、後からじわりと来る感動を味わってください。

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